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にわかが道をやってくる

競馬のこととか、競馬以外のこととか。



「君の名は。」を観てないし、今後も観に行くことは無いであろう理由について

※注意

この記事には『君の名は。』のネタバレは一切ありませんが、『秒速5センチメートル』のネタバレはあるっちゃあります



職場の人たち、忘年会で顔を合わせた友人たち、正月に会った実家の家族や親戚たち。
あらゆるコミュニティの中で、近頃見つけだすのが難しいのは『君の名は。』を観ていないという奇特な人間。
まー、皆さん観ていらっしゃることですな。

評論家筋には悪く言う人も結構多いこの映画、周囲の人に評判を聞く限り、素直に良いという人が大多数。その他の人も「絶賛するのが恥ずかしいので、ちょっと斜めな視点を気取りつつも、結局のところ好き」といった塩梅で、総じて満足度は高い模様。

それにしても、ここまで観ている人間が多数派になると、なんだか未だに観てない自分が、腹に一物抱えた厄介な人間だと思われてしまうような気がして、思わず不安になってしまう。
「コイツ、大ヒットしている作品に敢えて背を向けてる俺カッケーとか思ってんじゃねえの? ダサっ」なんて思われていそうで、いたたまれない気持ちになる。

そんな意図とは全く別のところに、自分が『君の名は。』を観ておらず、今後もおそらく観にいくことがない理由はあるのだが、説明するのが面倒くさいので、「何となくタイミングがなくて」とか「競馬が忙しくて」とお茶を濁している。
この際、この場を借りて理由を述べておこうかと。

 


①そもそも映画館が好きではない

このブログをしばしば読んでくださっている方はご存知かもしれないが、自分はかなり神経質な方である。
とりわけ映画などは極力外的な妨げを遮断して、作品の世界に没頭したいクチである。
そんな自分が映画館に出向いた場合、体感的には9割ぐらいの確率で、イライラが嵩じて作品を楽しむどころではなくなってしまう。

自宅の居間で観てるかのごとくペチャクチャおしゃべりしているバカ。
あれだけ電源切れって言われてるのに携帯鳴らすバカ。何だったら上映中にスマホいじりだすクソバカ。
本編始まった後も、音と匂いのするものを食い続けているバカ。
静かなシーンでビニール袋ガサガサやるバカ。

そんな連中は硬い物で殴りつけてよいという法律が無いことが不思議でならない。

禁止されているいないに関わらず、他人が作品を楽しむ妨げとなるような行動をする人間を自分はバカだと断ずるし、そんなバカのために料金払って不愉快な思いをしに行くのも馬鹿馬鹿しい。
そして、館内にいる数百人の中に、そんなバカが1人もいないと期待する方が無理がある。
まして『君の名は。』ぐらいの超ヒット作品になると、普段映画鑑賞などしない、マナーもへったくれもない層は通常より多いと予想され、苛つきリスクは多大だと判断している次第である。


②新海誠監督の過去作品の1つが、自分にとって超絶のクソ映画だった

秒速5センチメートルとかいうアニメ映画が評判良いと聞きつけ、DVD借りて視聴したのは何年前のことだっただろうか。

久々に震えた。怒りに拳が。

今となっては詳細はうろ覚えだし、わざわざググって調べるのも癪に触るので、固有名詞等はテキトーであるが、要は下記のような物語である。

すべてを悟ったようないけ好かないツラして暮らしている太郎くんは、幼少期に特別な経験を共有した花子さんと自分とが、他とは違う特別な絆で繋がっていると盛大な勘違いをしており、そんな有りもしない絆に寄りすがって何も行動しないでいたら花子さんは(当然)他の男と結婚してしまい、世間に満ち溢れてる単なる失恋を、これまた自分だけの特別な悲劇と捉えて酔っ払っておりましたとさ。頭の中がめでたしめでたし。

まあザックリではあるがこんな感じのお話だったように記憶している。
それだけなら、童貞気質溢れる監督が、己の何か気持ち悪い体験を投影した気持ち悪いお話ということで片がつくが、何が腹立たしいって、あの挿入歌。

この映画以前に、山崎まさよしのかの名曲『onemore time,onemore chance』を聴いたことのある人間で、あの使い方に納得できた者が果たしているのだろうか。
歌詞を聞けば(見れば)瞭然なのだが、あの歌は死別の歌である。不意に消えた鼓動なのである。死別した最愛の人の姿を日常の中でつい探してしまうといった、とてつもない悲しみを湛えた歌なのである。

間違っても、どこかの誰かにとられてしまった、同じ空の下のどこかで過ごしている人のことを思って歌うような歌では無い。

あの映画にこの曲を、何となく雰囲気で使ったのであればバカであるし、好きな女の人が他の人のものになってしまったことを死別になぞらえているのであればどうしようもないクソバカである。
言うまでもなく全然違う。もし本気でそう思っているのだとしたら、生命に対する冒涜ですらある。

何にしても、この映画を作った人の感性は、決定的に自分とは相容れないなと。
そんな風に思った次第で。

そんな監督の作品なんて、まったく観たいと思わないんです。
そう説明するのもかったるいのであれば、ただただ大ヒット作品を無闇に観ようとしない面倒臭いひねくれ人間、という汚名を甘受するしかないのかなあと諦めている次第で。